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ネクラネアカ論争

  • 執筆者の写真: kanisawasan
    kanisawasan
  • 2018年3月10日
  • 読了時間: 5分

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妻という人は、僕にとっておそらく親兄弟を除いた人間の中で最も人生の長い時間を過ごしてきた存在であり、そして大きなトラブルなどがなければ、あと十数年後には親兄弟をも凌ぐ存在となっていく予定です。

そろそろ結婚4年。お互いのことは大体把握しているつもりです。妻がどういう食べ物が好きで、どういうものが嫌いか。好きな色は。何をすると怒って、何をすると喜ぶか。

まだまだ間違うことはたくさんあって、そのたびに強めのおしかりの言葉を頂いてはニヤニヤと喜び、妻から「結婚相手間違えたわ」みたいな表情で真剣に気持ち悪がられるのですが、それでも時間の経過とともにちょっとずついろいろなことが分かってきたのではないかと思います。


しかしながら、その妻と僕との間での僕の人格についての評価が大きく違うのです。妻によると、僕の人格とは「底抜けのネアカ」だということなのでが、僕自身の自己評価は「ネクラ」。綺麗に180度違いますね。

たまに夫婦間でこの話題になるんですが、ここまで評価が真逆であると、僕がこの人と結婚生活を営んできたというのはある種の幻覚で、実は家族なんか居なくて、僕は電脳をハックされた清掃員…ウワアア!ウワアア!!(草薙素子にボコボコにされながら)という妄想に捕らわれそうになるのですが、色々考えなおしてみると、妻が言っていることもある程度正しい気がしてきます。


これは性格診断や占いと同じ理屈なのですが、人間には抱えている側面が同時に複数あるので、大概の断言は当てはまってしまうというやつです。

例えば、「A型のあなたは少し神経質で細かいことが気になりがち」とかいう言説があります。僕自身A型なのですが、大学時代は汚部屋初段(万年床と大量のペットボトル、積み上がった千冊単位の漫画)くらいの感じだったりしました。こうしてみると全然神経質じゃない気がするんですが、酒のこととなるとめちゃくちゃパラノイアックになり、いきなり声を荒げてしまうこともあるので、そこは神経質なA型っぽいといえばA型っぽいわけです(ただのアル中です)。

一方で、他の血液型に当てはまる性質(変わり者、(酒以外には)おおらか、マイペース)も大体備えており、自分が血液型を知らずに生まれてきて血液型診断を突きつけられたらアイデンティティの崩壊に直面したろうなと思います。

余談ですが、高校時代にAB型の女の子に、「なんであんたがAB型ちゃうねん!絶対ABやろ!」と同じ属性扱いされたときは、「惚れられちゃったかな?」と勘違いしかけましたが、もちろん脈など全然ありませんでした。血液型診断なんて人を傷つけるだけの害悪…!


そうやって自分の側面を切り分けて考えていくと、たしかに僕は明るいのです。過去を振り返った場合の自己評価に限っては。

「〜〜の成果を上げてきた」

「人に比べても努力をしている方だと思う」

「俺ってここまでやるんだから偉いな…」

こういう振り返り型の評価では、自分をポジティブに評価しているつもりですし、それを言葉にすることで、自分の進んでいる方向を肯定してみたりもします。

時々妻からは「よくそこまで自分を肯定できるね」とか言われるのですが、こういうところが妻にネアカと言われるゆえんなのでしょう。自分でもこうやって冷静に分析しながら書いていると怖いというか、なんかサイコパスっぽいなって思いました。


しかし、それはその通りなのですが、これはある種の自信のなさに対する裏打ちでもありまして。

というのも、根本的に僕は自分の本質的な能力に自信がないのです。

仕事で成果を上げたとしても、すぐさま「僕は頑張ったお陰で成果をあげたけど、これはたまたま上手くやれただけで、未来においてどうなるかはわからない。例えば〜〜課に配属になったら確実に失敗する自信がある」なんていう風に考えるタイプです。心の風邪を引いているのかもしれません。

というのも、僕はコミュニケーション能力に不安を抱えておりまして。

実際、特定の特別親しい友人を除けば、人付き合いは苦手ですし、上司づきあいなんかはかなり嫌いな方です。どちらかといえば後輩とか女性とかと話している方が得意で、コミュ力における「女子供にゃめっぽう強い」的な人間性の歪みが生じているような、そういう感じです。(この表現、この時代につかって大丈夫ですか?)

このように、あまり人付き合いのない仕事を選んでいればその方が成功したろうな、と思う程度には日本社会で必要とされるコミュ力に問題を抱えていたりします。

ゆえに、常に将来については常に不安を抱えていますし、近い未来、例えば明日苦手な人に合わなければならない…といった程度のことでも比較的思い悩み、エンタメやアルコールの力を借りてしまうこともしばしば。(アルコールの話ばっかしてますね)

考えてもしょうがないような先のことをうじうじと考え、どうしよう、どうしようと思案し続ける。そういう自分の性質をもって僕は僕をネクラと呼び習わしているのですが、あまり外れた評価ではないのではないでしょうか。

それ故に人並み以上には努力をし、それを自分で褒めて、なんとか自分の精神を保っている、というところです。

我ながら、いよいよもって病的な感じがしてきました。漫画とかであればどこかで道を踏み外してメチャクチャな悪役になるけど、最後は人間社会で生きる苦悩を主人公に吐露しながら消滅していくタイプとかではないでしょうか。


言ってみれば、僕は極端な明るさと暗さのどちらの側面も維持したまま30年を過ごしてきたキメラのような存在なのですが、そういうことって大なり小なり誰にでもあることなのだろうと思います。

温厚な人が突然怒る。それは別に人格が豹変したのではなくて、温厚である側面から、そうでない側面に移行しただけで、それはごく自然なことなのです。

だから、僕が普段会社などではそこそこしっかり働いて、たまに他課の先輩に強めの抗議をしたりして「あいつ結構怖いよな」とか言われたりしていても、家に帰ると「ふにゃぁん、もうだめなのらぁ」とか猫の動きを真似ながら言ってしまうようなめちゃくちゃヤバいキャラになっていたとしても、それも自然の摂理…!

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