単位や単位以外に失ったものなど
- kanisawasan
- 2018年3月6日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年3月7日

これは僕が都の西北の某大学にいた頃の話です。
初めての東京生活に浮かれた結果、大学デビューを激烈に失敗した僕の行状は日を追うごとにおかしくなっていき、1年生の必修科目である経済学基礎(前期)を落とした挙句、翌年の再履修の際には何を思ったかロン毛にピンク色のTシャツという出立ちで教室に現れて、そのくせ「今日は俺も新入生…今日は俺も新入生…」と自分に言い聞かせていました。
自分以外ほぼ1年生で構成される教室に座り、学生同士が「あ、はじめまして、語学なに取ってるの?」「サークルは?」などと新生活を楽しく過ごす仲間作りという美しい営みに勤しむ中、僕は明らかに一人だけ雰囲気が違うせいで、誰からも近寄られず、かかる声といえば「あ、すみません…この席空いてますか…」といった恐怖感丸出しのそれのみといった具合で、あれ、もう4月なのになんだか肌寒い…とか思っていたのですが、定刻に教室に現れたのは現在日銀副総裁候補とされている若田部昌澄氏なのでありました。
「この授業では遅刻や退席は認めません。毎回宿題も課します。できない人に単位は与えません」
なにぶん10年以上前の話なので、実際にこのように発言していたかは定かではないのですが、概ねこのような規律に支配された授業であり、「単位が空から降り注ぐ」でお馴染みちゃらんぽらん政治経済学部の夢あふるる新入生たちと、その脇でひっそり生息する奇怪な出で立ちの2年生は震え上がったのでありました。
実際、半期を通じて若田部先生の有り様といえば、遅れてきた学生にどなってみせたり、途中退出する学生の後を追いかけて廊下に飛び出し、大声で「戻ってこい!おい!」と叫ぶような白熱教室ぶりだったのがとても印象的でした。やべえ以外の感想は特になかったと思います。
僕はと言えば、普通に1年後期は後の留年の恐怖に耐えかねて普通に勉強して単位を取っていたため、前期の内容もそこそこ理解している状態からスタートしていたことから、恐怖政治の中でもきちんと生き延びたので、今振り返っても我ながら偉いなと思うと同時に特にオチがなくて面白くない話だな、これ、と思いました。
そんな彼が今では日銀の副総裁ですか…ふむふむ…リフレ派としてあんまり主流っぽくなかった彼が今や中央銀行の幹部ですか…などと感慨深く思うわけですが、こうやって、仮にも恩師のカテゴリに入る人を評論家風に眺めるのも悪くないですね。
ちなみに彼の下の名前は読み仮名だけで言うと昔付き合って4日で振られた元彼女と一緒なので、毎回名前見るたび微妙な気分になるんですが、これって俺が悪いの?
このように、大きめの大学の必修単位は同じ単位でありながら先生によって難易度が上下するのですが、僕が取っていたフランス語の2年の先生のうち1名はこれまで出会ったあらゆる「先生」に属する人類の中では飛び抜けた適当ぶりでした。
彼はわりとしょぼくれ気味の中年男性で、気のいい人ではあったのですが、生徒が「アメリが見たい」と言えば唯々諾々と授業を飛ばして映画を見る日を作る、祝日で授業が潰れることが判明すると授業中なのに小躍りをする、(2年生なのに)テストには単語の活用の問題を出題したため辞書を持っている生徒は確実に正当できる、授業で配られたプリントの穴埋め問題を出題し(当然皆現物を持っているので間違えようがないことから)「視力検査」と言い放つ、といった具合で無敵でした。
そんな先生ですが、一度語学のクラスで飲みに行ったことがあり、あまり記憶が定かではないんですが、もし僕のおぼろげな記憶が正しければ、僕が先生にキスしていた気がするんですが、これ、本当なのかな?20歳の俺??教えて???俺は何を失ったの?あの日???
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